契約の基本
契約は、いつ成立するのか(申込みと承諾)
2026年10月5日·約7分·株式会社ケアン
「契約って、結局いつ成立するんですか」。電子契約の話をしていると、 だいたいどこかでこの質問になります。
多くの方が思い浮かべるのは、契約書にハンコを押した瞬間だと思います。 紙のやりとりを長くしていれば、そう感じるのが自然です。 ただ、法律の側から見ると、そこは出発点ではありません。
この記事では、民法がどう書いているかを条文のまま並べます。 言い換えると間違いが混ざるので、原文をそのまま引いて、出典も置いておきます。
出発点は、民法第522条
契約の成立について、民法はいちばん先にこう書いています。
契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
出てくるのは申込みと承諾の2つだけです。ハンコも、契約書も、 署名も出てきません。「この内容で契約しませんか」と申し入れて、相手が「はい」と応じた。 そこで成立する、と書かれています。
書面は、原則として要らない
同じ第522条の2項が、そのすぐあとに続きます。
契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
— 民法 第522条第2項。出典: e-Gov 法令検索の 法令データ
契約書を作らなくても契約は成立する、というのが原則です。 口約束でも成立しますし、メールのやりとりでも成立します。 電子でやりとりするために特別な許可が要る、という作りにはなっていません。
ただし、この条文には「法令に特別の定めがある場合を除き」が付いています。書面でなければならない契約は、別の法律で個別に決められています。 そういう契約では、この原則はそのままでは働きません。 自分の扱う契約がどちらなのかは、その契約ごとに確かめる必要があります。
では、契約書は無駄なのか。そうではありません。成立の条件ではないけれど、あとで「何を約束したか」を確かめるためのものとして要る、という位置づけになります。 紙で残すか、データで残すかは、その次の話です。
承諾は、いつ「したこと」になるのか
第522条は「相手方が承諾をしたとき」とだけ書いています。では、承諾の返事を書いた時なのか、 送った時なのか、相手に届いた時なのか。ここは意思表示の一般の決まりが受け持ちます。
意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
— 民法 第97条第1項。出典: e-Gov 法令検索の 法令データ
送った時ではなく、届いた時。承諾の通知が相手に届いて、そこで効力が生じ、契約が成立するという順番になります。
ここで気をつけたいのは、「届いた」がどの瞬間かまでは条文に書かれていないということです。郵便なら郵便受けに入った時、といった話になりますが、 メールやシステム上のやりとりでどこを指すのかは、条文を読んでも決まりません。 争いになれば、そのときの事情を見て判断されるところです。
申込み
契約の内容を示して、締結を申し入れる意思表示(第522条第1項)
承諾
相手方が、その申込みに応じる意思表示(第522条第1項)
承諾の通知が相手方に到達
意思表示は、到達した時から効力を生ずる(第97条第1項)
契約が成立
書面の作成その他の方式は、法令に特別の定めがある場合を除き要らない(第522条第2項)
返事が要らないこともある
承諾の通知そのものが要らない場合についても、条文が置かれています。
申込者の意思表示又は取引上の慣習により承諾の通知を必要としない場合には、契約は、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する。
— 民法 第527条。出典: e-Gov 法令検索の 法令データ
返事の連絡が無くても、承諾とみなせる事実があればそこで成立する、という決まりです。 長い付き合いの取引先に注文書を送ったら、返事より先に品物が届いた。 そういう場面を思い浮かべると分かりやすいと思います。
裏を返すと、「いつ成立したか」が後から分かりにくくなるのは、このあたりです。口頭やその場のやりとりで進んだ取引ほど、時点をたどる手がかりが残りません。
消費者がネットで申し込むときの特例
もうひとつ、電子のやりとりのために置かれた法律があります。 「電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律」です。名前のとおり、消費者が事業者と画面越しに結ぶ契約についての特例で、 事業者どうしの取引の話ではありません。
この法律は、消費者が行う電子消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示について特定の錯誤があった場合に関し民法(明治二十九年法律第八十九号)の特例を定めるものとする。
— 電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律 第1条。出典: e-Gov 法令検索の 法令データ(読む用の 条文ページ)
錯誤というのは、言いたかったことと送ってしまったことが食い違っている状態を指します。 数量の欄に1と入れるつもりで11と送ってしまった、といった場面です。 この法律の第3条は、そういう消費者の申込みについて、民法の錯誤の決まりの一部を 適用しない、という形で消費者側を助けています。
ただし、その第3条には、ただし書きが付いています。
ただし、当該電子消費者契約の相手方である事業者(その委託を受けた者を含む。以下同じ。)が、当該申込み又はその承諾の意思表示に際して、電磁的方法によりその映像面を介して、その消費者の申込み若しくはその承諾の意思表示を行う意思の有無について確認を求める措置を講じた場合又はその消費者から当該事業者に対して当該措置を講ずる必要がない旨の意思の表明があった場合は、この限りでない。
— 電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律 第3条ただし書。出典: e-Gov 法令検索の 法令データ
買い物の画面で、最後に「この内容で注文します」という確認が出てくることがあります。 あの一手間は、この条文と結びついています。意思の有無を確かめる措置を講じていれば、特例のほうは働かないという作りです。
成立の時点が分かる、ということ
ここまでをまとめると、契約の成立に要るのは申込みと承諾で、書面は原則として条件ではなく、 承諾は届いた時に効力を生じる、ということになります。 ハンコの有無は、この並びのどこにも出てきません。
そのうえで、実務で効いてくるのは「いつだったかを、後からたどれるかどうか」のほうだと思います。成立そのものは法律の決まりで動きますが、 いつ申し込んで、いつ返事が届いたのかは、記録が残っていなければ記憶の話になります。
紙のやりとりをやめたときに何が変わったかは、1本目の記事に書いています。 そこで挙げたことのひとつが、誰が・いつ・どの文書に同意したかが、締結のたびに記録されるようになったことでした。
どこまでが確かで、どこからは確かでないか
この記事で条文から確かめられたのは、次の4つです。
- 契約は、申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立する(民法 第522条第1項)
- 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を要しない (同 第522条第2項)
- 意思表示は、その通知が相手方に到達した時から効力を生ずる(同 第97条第1項)
- 承諾の通知を必要としない場合には、承諾の意思表示と認めるべき事実があった時に成立する (同 第527条)
一方で、目の前の1件がいつ成立したのかは、条文だけでは決まりません。 どの連絡が申込みでどれが承諾だったのか、その通知がいつ相手に到達したといえるのか、 書面が要る契約に当たらないか。どれも、やりとりの中身を見て判断されるところです。
契約の内容や進め方でお困りのことがあれば、弁護士などの専門家にご確認ください。 この記事は公表されている条文を一般的にまとめたもので、個別の判断に代わるものではありません。
それでも、条文を読むと拍子抜けするくらい素っ気ないと思います。申込みがあって、承諾が届いた。それだけです。紙もハンコも、法律が要求しているものではなく、 私たちが「そうするもの」として続けてきたやり方のほうでした。